八坂神社

【 八坂の会 】 TOP 予定と記録 祇園祭 文献 祇園信仰 出雲系

 〜 京都祇園 八坂神社の始まりから、子孫 日下家までの歴史 〜


八坂神社の創祀・創建

伊利之

 京都祇園 八坂神社の由来は、当家のご先祖が創祀(創建)したとされています

 スサノオノミコトを祀り始めたと伝わる伊利之( いりし )です

 八坂神社の歴史 ( 八坂神社のサイト )


 【 日本書紀の記述 】 巻第二十六 斉明天皇紀
 二年秋八月癸巳朔庚子、高麗遣達沙等進調。大使達沙・副使伊利之、總八十一人。

 【 新撰姓氏録の記述 】 山城国諸藩
 八坂造 : 出自狛国人之留川麻乃意利佐也  (意利佐 = 伊利之)

 【 八坂神社の社伝 】 斉明天皇二年(656)、高麗の調度副使、伊利之使主(いりしおみ)の来朝


創祀と創建

 創祀は、神様を祀り始めるということで、創建はお社を建立することと考えます。伊利之が創祀した時には、今の八坂神社ような立派なお社は建立されていないと考えます


八坂造

旧境内 円山公園


 八坂造 ( やさかみやつこ

 当家のご先祖は、八坂造の姓(かばね)を賜り、長き代に渡り祇園社(八坂神社)の長、執行(しぎょう)でありました


八坂神社の境内であった円山公園 ↑

社家

 社家 ( しゃけ )

 祇園社(八坂神社)は、社家と呼ばれる家(当家のご先祖)が守っていました。社家は明治時代になるまで受け継がれ、少なくとも鎌倉時代までは代々世襲されていました

 祇園社の社家は、後に、宝寿院と呼ばれるようになりました


祇園祭

祇園祭


 祇園祭 ( ぎおんまつり )

 平安時代、祇園社(八坂神社)の社家である八坂造により始められました
 当家ご先祖の八坂造が、祇園祭を作った人です

 京都 祇園祭(ぎおんまつり)は、日本の三大祭の一つとされています


祇園祭の歴史、観覧 → 祇園祭 


祇園社

 京都 八坂神社は、祇園感神院( かんじんいん )、祇園社、祇園神社と呼ばれていました

 八坂神社の名は、明治時代からのものです


紀氏

國懸神宮


 紀氏 ( きうじ )

 鎌倉時代に紀氏の血が入り、皇別紀氏を称するようになりました

 祇園社(八坂神社)は、紀氏が祭祀して参りました


 ↑ 紀氏が祭祀をおこなう日前神宮・國懸神宮


津島神社

堀田氏

津島神社


 堀田氏 ( ほったし )

 祇園社20代目のころに、ご先祖は尾張(愛知県)の津島神社に移り、祭祀をおこなうようになりました

 祇園から移った堀田俊重は、尾張津島天王の初代の祠官となり、堀田家代々の子孫に受け継がれていきました


堀田家住宅


 ← 堀田家住宅

 重要文化財



武家 堀田家

 津島神社社家の堀田氏から武家になる流れがあり、小早川家、織田家、豊臣家、徳川家に仕えます。ご先祖の中から紀州徳川家に仕える流れが出ました。紀州徳川家からは将軍が輩出され繁栄しました

発起人家と徳川家 → 徳川家


小野氏

 小野氏 ( おのうじ )

 その後、堀田氏のご先祖が小野氏に婿養子に入り、八坂造の血が小野氏、そして日下家へと受け継がれました

日下家

 日下家 ( くさかけ )

 小野氏から分かれた家で、聖徳太子から賜った姓「日下」を継承

小野氏と日下家 → 日下


 【 八坂神社 社伝 】

 京都 八坂神社の起源は、二つ語られています


 【 血統 】

 ご先祖や子孫というのは血筋のことであり、すべてが宗家ということではありません
 (八坂造が20代で津島神社へ など)


八坂の会

 八坂の会 ( やさかのかい )

 八坂神社、スサノオのミコトと親しむ会です。ごいっしょに楽しんで頂ける人を募っています
 会費はございません。お電話、メールでお知らせ下さい


弥栄

スサノオノミコト

 弥栄(いやさか)な活動をしていきたく想います


 ● スサノオノミコト、牛頭天王を祀る神社の参拝
 ● 京都 祇園祭との関わり (観覧など)
 ● スサノオノミコト、八坂神社の研究
 ● 大国主神、熊野大社など、つながりの神々、神社の参拝


祇園祭 奉賛

 八坂の会のある木津屋では、京都 祇園祭の期間(一週間前より)、祇園祭の盛り上げの催しを行なっています


八坂造の子孫

 世襲により30代、800年に渡り、スサノオノミコト(牛頭天王)を祀った社家の子孫による運営

 発起人 : 八坂造の子孫、日下治郎兵衛( くさかじろべい )  〜 創祀者から43代目


スサノオノミコト

 掛けまくも畏きことですが、系図の上では、スサノオノミコトの子孫であります

 建速須佐之男命 〜 饒速日命 〜 武内宿禰 〜 紀氏 〜 八坂造 〜 発起人

 他に、 建速須佐之男命 〜 大国主命 〜 和珥氏 〜 小野氏 〜 発起人

 かしこみかしこみ、もまおす


八坂とのご縁

 発足前からの、八坂神社、スサノオノミコトとのご縁


彌榮神社


 彌榮神社 (生野区桃谷)


八坂神社 上のやさかさん


 八坂神社上の宮 (大正区三軒家東)

 天保4年9月1日 京都祇園神社より勧請

 明治41年7月 難波嶋町 八坂神社(慶安4年御鎮座)を合祀


杭全神社


 杭全神社 (平野区平野宮町)


中道八阪神社


 八阪神社 (東成区中道)


海老江八坂神社


 海老江八坂神社 (福島区海老江)


伊和志津神社


 伊和志津神社 (兵庫県宝塚市伊孑志)

 茅の輪くぐり

 2015.7.7


敷津松之宮


 敷津松之宮 (浪速区)

 旧社名 : 松本宮、牛頭天王社、八坂神社、木津祇園宮

 ← 摂社 : 日出大国社(大国主神社)


 2015.3.5


難波八阪神社


 難波八阪神社

 綱引神事の八岐大蛇 ( やまたのおろち )

 ← 2013.2.24


難波八阪神社


日下久悦 → 
 ( 本殿の前 ) 


日下久悦氏 : 牧野富太郎博士の支援者であり、天王寺舞楽を守った人物

( 牧野富太郎博士については、NHK連続テレビ小説「らんまん」を )



 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を    すさのおのみこと



 【 八坂の会 】 大阪府大阪市西区南堀江4-23-27 木津屋   06-4391-0704


ページの上に戻る