石清水八幡宮 ( いわしみずはちまんぐう )と、別当家の子孫 木津屋について
石清水八幡宮は、創建した別当家によって守られてきました。別当家の初代から15代くらいまでに木津屋のご先祖がいます。その内、検校( けんぎょう )および別当の直系のご先祖は10代ほど
検校は、別当の上に設けられた役職です
頓宮殿(とんぐうでん)と男山 2015年 ↑
← 一ノ鳥居 2015年
石清水八幡宮は紀氏 ( きうじ )によりお祀りされてきました
木津屋は、紀氏の子孫です
紀氏は、皇別と神別が存在しますが、石清水八幡宮は、皇別の紀氏です
ですから、京都 八坂神社の社家と同じ先祖をもちます。ちなみに、和歌山県 日前神宮・國懸神宮の社家は神別の紀氏です
→ 八坂神社 紀氏
ご祭神 : 誉田別命 ( ほんだわけのみこと )
宗像三女神 ( むなかたさんじょしん )、息長帯姫命 ( おきながたらしひめのみこと )
← 応神天皇陵 2011年
→ 応神天皇陵
本殿 2015年
2020年
井戸、藤井(ふじい) 2015年
横は、高良神社(こうらじんじゃ)
井戸、石清水 2015年
横は、石清水社
謎の御祭神、高良玉垂命 ( こうらたまたれのみこと )
← 別当家の子孫
八幡山(やわたやま)とも云います
← 安居橋(あんこばし)と男山
男山には後村上天皇の行宮がございました
南北朝時代に、八幡の戦いがありました
← 男山から宇治の方角を望む
源氏物語の「 二十二帖 玉鬘 」「 三十五帖 若菜下 」に登場します
写真 : 源氏物語 (瀬戸内寂聴 現代語訳)
→ 源氏物語
〜 製作中 〜
木津屋は、石清水八幡宮別当家(社家)の子孫です
子孫の定義は、血を受け継いでいるということです。末裔(まつえい)という言葉もあります。活動の規模を客観的に見て、末裔という表現が的確かもしれませんが、末裔という言葉には勢力が衰えているという感があり、好ましく感じないので、子孫と表現させて頂いています
木津屋のご先祖には、社家(しゃけ)がいくつかございます。社家は、神社の神職を代々世襲して務める家です
石清水八幡宮の他には、八坂神社(祇園)、 津島神社、熱田神宮、 上賀茂神社、下鴨神社(祭神) 、籠神社、鹿島神宮、 大宰府天満宮、宗像大社、伊勢神宮の社家の血を継承しています
【 四方拝 】
上記の内、伊勢神宮、熱田神宮、上賀茂神社、下鴨神社、
石清水八幡宮、鹿島神宮は、宮中で元旦におこなわれる四方拝(しほうはい)の対象になっている神社です
石清水八幡宮 : 京都府八幡市八幡高坊30
石清水八幡宮別当家の子孫 木津屋 大阪府大阪市西区南堀江4-23-27 06-4391-0704